出張土産はありがたい。

a0005331_13485509.jpg

朝、出社して机の上に六花亭のバターサンドや、博多通りもん、萩の月を発見する。きっと誰かが、出張や私的な旅先で購入して持ってきてくれたものだ。誰が買ったものかを確かめ、ありがとうとお礼を言い、必ずその場でムシャムシャ食べることにしている。


それにしても、出張土産はありがたみが薄くなってしまった。食べ終わった瞬間、誰からもらったものかを忘れてしまう。「薄情者!」と罵られても仕方ない。食べずに引き出しにしまったまま、まとめて捨ててしまう人さえいる。みんな「どこかに行ったら必ず土産を買わなくちゃ」という義務感に駆られて持って来てくれるのだが、昔と違いその価値はひどく薄れている。


以前は、出張でも旅行でも、移動することそのものに重みがあった。旅行に行くと聞けば、餞別を渡し、駅や空港まで見送り、万歳三唱で見送った。「それは戦前か?」と言われそうだが、それほど昔ではない。80年代はもちろん、90年代まではそんな名残りがあった。送別会や帰朝報告会も盛んだった。国内の他の地方のことはもちろん、海外の土産話を、みんな喜んで聞いたのだ。


今や、名物の土産物は全国でコピーされ、特に菓子はどこの土地のものかわかりにくくなった。「餞別」は死語となり、土産話の有り難みは薄れた。これから旅情も新鮮な驚きも共有できない味気ない時代が続くのだろうかと思うと、なにか残念な気分になった。


10代20代に夜を徹して読んだ、小田実の「何でも見てやろう」、沢木耕太郎の「深夜特急」。はたして今この時代に読めばどれだけ色あせて見えるのだろうかと思い、改めて手にしてみた。ところが、意外なことに作家の感性を通して異文化に触れた当時の感動は薄れることはなかった。300年前、2000キロを超える旅をした芭蕉の「おくのほそ道」にいたっては、毎年、旅先で見る山や川、田植えの風景に重なり句と文が思い浮かばれ、まさに時空を超越していると思う。


わずか数年前、初めて訪れた深圳、上海、シンガポール、ジャカルタ、マニラで、直接見た街の若さと熱気にショックを受けた。歳とともに思考の幅が狭く「井の中の蛙」になっていたのだ。仕事でなく、もっと若くに来て見聞を広げていれば、偏った考えに毒されずに思考できたのではないかと、反省さえした。


どうやら私は何か大きな勘違いをしていたようである。交通や通信の進歩で薄れてしまったのは、移動の価値や感動ではなかった。分かったつもりになり、どんどん縮んでいたのは、自分の想像力だったのだと思う。たしかに出張土産は似たり寄ったりになってはいるが、風の匂いも話す言葉も違う街で、どの菓子が良いかを選んでくれた人の気持ちに、心が及ばなくなっていたのだ。


池袋駅構内で、人の前を平気で横切り、ぶつかっても何とも思わない人たちの間を歩きながら、海外ですれ違った人々の笑顔を思い出していた。どうやら、機微、配慮、思いやりと言った言葉から遠く離れてしまったのは、私だけでは無いように思う。






トラックバックURL : http://tekkamaki.exblog.jp/tb/238217064
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by うさじい@山形 at 2018-01-21 22:10 x
その昔、よく出張があり、それも泊が多かった。今じゃおみやげを買うまでもないような日帰り出張がまれにある程度。私的な旅行にでも行かないと、おみやげを買うことはない。おみやげのお菓子をいただくことがまず少なくなった。
Commented by bunkasaba at 2018-01-22 12:54
人が多いと配るのも大変で。以前、のし梅を買ったところ、ハサミで切って配れるし珍しいと好評でした。くじら餅は非常に評価が難しい菓子ですね。直近では、那須で御用邸というバームクーヘンを買って帰りましたが、人が群がって買っているなりに美味でした。
by bunkasaba | 2018-01-18 23:51 | 生活 | Trackback | Comments(2)