「ゼミナール - 企業を考える」(2011.7.7 日本経済新聞朝刊)

(前略)
  いまや日本のエンタープライズも生え抜きの経営者が率いる時代に入っている。彼らは黄金時代の記憶を断ち切れないせいか、異常なまでに成長を指向する。そして収益逓減の法則にさからって、利益の見込めない事業に経営資源を注ぎ込み続けていく。それでは、利益が長期低落するのは当然である。
 この傾向に輪をかけるのが、経営目標に基づき管理する「計画経営」である。80年代を思い出していただきたい。四半期業績に一喜一憂する米企業を日本の経営者は批判した。株価をにらんで経営などできるはずはないと言い切った人もいた。それなのに、日本企業も四半期業績を開示して、証券アナリストに業績改善計画を提示するなど、今では同じことをしている。
 経営には不確実性がついて回る。虫のよい前提は崩れるものと相場が決まっている。確実に原価を下げる策や、確実に売り上げを伸ばす策など、事後になってみれば往々にして愚策であったと分かるものである。ゆえに、算段を超えた次元でしか経営は成り立たない。企業経営は、テクノクラート(官僚)がするものではないのである。
(日本経済新聞朝刊 ゼミナール「収益率低下、成功体験が足かせ」 神戸大学教授 三品和広)



長期的な見通しや、もっと言えば夢を語る経営者は少なくなった。
長期的なビジョンや夢を語っても、短期的な業績に一喜一憂する会社がほとんどだ。
悪いとみれば、即、リストラだ、海外移転だ、コストダウンだ。
日経そのものが、日本の経営判断をそのまま集約した新聞である。

会社法の改正が輪をかけたのか、人を大事にする視点はとうの昔に失われている。
日本的経営の「三種の神器」も、どこかに消えてしまった。昔、就職試験で問われたことである。
過去の経営手法がよかったのかといえば、一律にそうも言えない。
日本に合わない経営術を持ち込み過ぎたことは、果たしてよかったのかどうか。

良し悪しは、分からない。しかし、ひとつだけ確かなことがある。
経営者も、労働者も、つまり上から下まで、不安が増大したことだ。
(経営者は、いや、よくなったのだ、と答えるのかもしれないのだが)

七夕の朝、このコラムは心にしみた。
たとえ愚策であったとしても、方法が思いつかない状態では、すがりついて走るしかない。それが現場の悲しい性である。
ボクが経営者であったら、昔にロールバックするのだろうか?いや、できないと思う。お金を出す人の意識がかわらない限り、今の構図は変わらないのではないだろうか・・・。
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by bunkasaba | 2011-07-10 16:44 | 会社 | Trackback | Comments(0)