「ストラディヴァリウス」(横山進一 アスキー新書)。

ここ数日、クラシックばかり聞いて過ごした。
もともとクラシックに無縁だっから、似非クラシックファンぶりもはなはだしい。
おじさんは「懐メロ」ばかり聞いて、あの日に帰りたいと切望しているのだ。普段は。

× × ×

YouTubeでブラームスのバイオリン協奏曲を20回見て思う。
どうして20回も見てしまったのか?
良し悪しは判断できないが、庄司紗矢香の演奏にはただならぬ「何か」を感じる。
図書館で借りた同じブラームスのCDからは、全く何も感じなかったのに、だ。

12:15からの全力投球の演奏(もっとも全編全力投球だ・・・)
24:30からの第1楽章から2楽章に変わる際の表情(ここで初めて普通の顔に戻る)
34:50からの力強い第3楽章

こうした場面に強くひきつけられ、小柄な体躯でバイオリンを操る姿には感動すら覚える。
ちなみに、画面を見ないで流しっぱなしにしてみたが、感じるものは同じだ。

この動画には、クラシックにもかかわらず毎日結構なアクセスがあり、
なおかつ毎日のようにコメントがついている。
演奏中の表情に関するコメントも多いが、多くは好意的だ。

× × ×

演奏に使われている楽器は、ストラディヴァリウスだ。
18世紀前後イタリアの古都クレモナで製作され、1本の値段は数億円から。
日本人が使用しているものは程度が良さそうだから、さらに一桁高額かもしれない。

それにしても、
 ・300年も昔のバイオリンを使う価値があるのか
 ・木工の精密な加工技術も、音響シュミレーションも今はコンピュータでできるんじゃないか
 ・「しいたけ」や「まつたけ」同様、均一な製品が大量に製造できるんじゃないのか

そんな下世話な疑問が、いつまでも消えない。
多分、こんな議論はとっくのとうに世界中で行われてきたのだろう。

× × ×

「ストラディヴァリウス」(アスキー新書)を図書館で借りて読む。
著者は、写真家でヴァイオリン製作者である。

ここにはバイオリンにまつわる、とても興味深いお話がたくさん載っている。
全世界で現存するストラディヴァリウスは、520本。日本にも70数本あるという。
現在、有名な演奏家が手にするものは、法人、各種財団、NPOから貸与されている。

日本でちょんまげを結っていた頃、17世紀から18世紀ヨーロッパは激動の時代だった。
ペストやら魔女狩りやら気温低下などで混乱する最中、戦争やら革命が起こっていた。
そんな時代に、演奏家のみならず、王室、収集家、楽器商の手を経て、歴史に翻弄されながら欧州を漂流し、今もなお演奏し続けられる楽器には驚くばかりだ。
宮廷や教会で演奏されていた楽器が、300年を経て今なお、鳴っているのだ。
(庄司紗矢香が演奏するストラディバリウスは、ナポレオンがレカミエ婦人に贈ったものだ)

身の回りで、300年も残っているものは何も無い。
クレモナは今でも18世紀の地図を持って歩けるという。
東京で古地図を手に歩くことは不可能だ。彼我の時間の質を、強く感じる。

ストラディヴァリウスを真似て作ろうとも、超えられないもっとも大きな要因は「時間」だという。
単純な工業品として評価できないのは、演奏者と対話して音を作り出すからなのだろう。
金額と「時」を無視したパフォーマンスを、日常的に比較しがちなな性癖を反省するばかりだ。
とは言え、
エアバスが10台もレンタルできてしまう高額な楽器を持ち歩くリスクは、それにしても大きい。

× × ×

悪い癖で、バイオリンを買って直接鳴らしてみたくなってしまった。
もっとも、マスオさん並にギコギコしたら、相当近隣から苦情を受けてしまう。
「食事のときに拙宅に演奏に来てもらう」というのが一番よさそうだ。お金があれば。
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Commented by gabrielleraphael at 2012-07-02 05:18
これも大野さんの話ですけど、オペラやるときは、作者がどういう人で、曲の各部分で彼はどう感じたんだろうとか、全部辿ってみて、自分のやり方を決めるんだそうです。
庄司さんも明らかに弾きながら、彼女の中で曲のストーリーを追ってるように見えます。音楽は言葉なんだろうな、彼女がどういうストーリーを紡いでいるのか、興味ありますね。
Commented by bunkasaba at 2012-07-02 21:25
>Gabrielleさん

指揮者ってのは、ただ気の向くままテキトーに棒を振るっているのかと思いきや、そうではなさそうですね。
結構海外の方で有名な、日本人音楽家が多いのに驚きます。
「正確に演奏するなら、機械でも出来る。人間でしか伝わらない演奏を模索している」というコメントを、テレビ番組の中で見ました。
音楽を絵にしてみたりするようですね。

それにしても、凡人の私には立体感や色彩などを感じません。
「ハゲ山の一夜」とか「新世界」には物語性を感じますが、「小フーガ」とかでは、感性が鈍いのかはたまた経験値が低いのか、安らぎを感じるのみです。。。AKB48にはもっと感じませんが、何か感じるだけでも十分じゃないかと思ったりもしますが。。。
by bunkasaba | 2012-06-30 07:19 | | Trackback | Comments(2)