「石割りの秘剣」とは(「隠し剣秋風抄」藤沢 周平)。

「さっきの中根だが、彼を松宮の倅と立ち合わせたら勝てるのか?」
「真剣勝負ということでござりますか」
 雨貝は淡淡とした口調でそう言った。
「その通りだ」
「はて」

 雨貝も腕を組んだ。松宮というのは、側用人の松宮久内のことで、倅の左十郎は江戸で忠也派一刀流の免許を受けた剣士である。藩内ではつねに五指に数えられる。
 雨貝は、左十郎の剣を案じるように、しばらく黙然と膝に目を落としたが、やがて腕組みを解いて言った。

「まず互角でござりましょうか」
「必ず勝つとは言えぬのか」
「勝てるかも知れませぬ。しかし負ける場合もござりましょうな」
「それではまずいぞ」
 志摩はしぶい顔をした。すると雨貝が微笑した。
「それならば、弓削をお用いなされてはいかがですかな?」
「甚六か」
 志摩は疑わしそうに、雨貝の顔をじっと見た。
「甚六を信用できるのか」
「絶対絶命の試合では、弓削の剣は中根を上回ると、さきほどもうしあげました」
「それは聞いた。しかし甚六は飲んだくれだ。値引きせんでもいいのか」
(「隠し剣秋風抄 酒乱剣石割り」 藤沢 周平)



なぜか、毎日こんな会話を繰返しているような気がする・・・。

出張前、無造作に本棚から抜き出した本に、電車の中で没頭していた。
時代はともかく、短編の一作一作が沁みる。
せちがらい勤め人の描写は、サラリーマンの共感を呼ぶ。

藤沢作品の主人公は、どことなく不遇だ。
映画になった「たそがれ清兵衛」も「武士の一分」もそうである。
一人は、病弱な妻のために定時退社する下級武士。
もう一人は貝の毒に当たり失明した上、妻に不貞を働かれてしまう武士である。
そんな宮仕の冴えない男が、ここ一番で鋭い剣裁きを見せる。

古本屋で1冊100円でまとめて買った文庫本は、思わぬ秀作だった。
藤沢周平は4-5冊読んだきりだが、あらためて文章に清冽な潔さを感じる。
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Commented by Gabrielle at 2012-10-06 20:12 x
日本のサラリーマンて、本当に大変だと思います。
たまには息抜きを!
Commented by umih1 at 2012-10-07 20:25
藤沢周平さんは、山形ご出身ですよね。
この人の小説は、おっしゃる通り潔く、それでいて人情の深さ、機微にも心打たれますね。
3連休はゆっくりされてますか? ご自愛を。
Commented by bunkasaba at 2012-10-08 15:48
>Gabrielleさん

税金は上がるは、給料は下がるわ、仕事は増えるは。
日本のサラリーマンはさきざきの見通しが暗いです。
だからといって、絶望的かというとそうではないんですが、どうしても悲観的になってしまいますね。
Commented by bunkasaba at 2012-10-08 15:49
>うみさん

作者自身の境遇も、随分反映しているようですね。
文章もキレがあって、読みやすいです。
by bunkasaba | 2012-10-04 01:03 | 生活 | Trackback | Comments(4)