2025年 08月 31日
あんかけ焼きそばを食べながら辞書を引く。
過去の写真を見ていたら、あんかけ焼きそばが目にとまった。
近くなら食べに行きたいが、これは王将でも近くの街中華でもない。
思い出せないので、消費期限切れの野菜と豚小間を使って、あんかけ焼きそばを作る。きくらげと冷凍エビは、あるものを水で戻し、材料をひたすら切って炒める。製作時間15分。それなりにうまい。
× × ×
新明解国語辞典で、「実社会」を調べる。以前から、その語釈が取り上げられていた言葉だ。
「実社会」は「楽しいことの連続だ」と思う人もいるはずだ。「誠意と思いやりに満ちている」と思う人だっているだろう。人それぞれである。
新明解国語辞典に載っているのは、「言葉として使う場合の意味」なのだと思う。
だが、「実際の社会」でいいところを、あえて「虚偽と欺瞞に満ちた試練の日々」としたのは、なぜなのか。これでは実社会が「悪意に満ちた社会」のようではないか。
個人的なつらい体験が、うっかり文字になったのだろうか。と考えるのは、私だけだろうか。

夕刻。来週からアメリカで働くという娘と、蕎麦を食べる。
なぜこの時期にアメリカ?と思わなくもないが、「気をつけろ」と「頑張れ」しか言葉が出てこない。働き先が、「虚偽と欺瞞に満ちた試練の日々」でないことを祈るばかりだ。
× × ×
それにしても、「新明解国語辞典」は、「高邁な理想」や「情熱」「向上意欲」の無い人に厳しい。近年、「サラリーマン根性」「サラリーマン教師」という言葉を、あまり聞かなくなった。
代わりに登場したのが、「静かな退職」や「妖精さん」である。
「クビにならない程度に仕事をする」という働き方や、こうした意識の持ち方自体にも問題があるが、とはいえ「一生懸命仕事をしてもこの先何の展望も持て無い」という評価制度や職場のあり方にも問題があるのではないか。
「ならば俗人で何が悪い」と反抗したくもなるが、まぁ、これはひとつの辞書の見解ですからね。同じように、「凡人」にも、この辞書は厳しいのだ。
だが、説明は相変わらず長い。たった三文字の意味を、125文字も要して説明する。長いわりに、分かりにくい。
哲学を勉強した人が書いたのかもしれない。まるでハイデガーの「世界内存在」の解説を読んでいるようだ。哲学書じゃないんだから、ここまで長くしなくていいんじゃないかと思う。だいいち、頭の中に意味が入ってこない。
× × ×
帰宅途中、隣駅の本屋に立ち寄り、辞書を見る。
多くの書店が、閉店や売り場縮小となる中で、この書店は10年前と何ら変わず営業している。
広い本屋を2周してみたが、どうにも辞書がみつからない。そこで、ついに店員に聞いた。
「ご案内します」という若いアルバイトの後をついていったところ、思ったより多く辞書が並んでいた。好事家がこれほど多いとは思われないから、学生向けなのだろう。
大きさの違う2冊の「新明解国語辞典」を見て、持ちやすさ引きやすさから、小型版を買うべきだったと、後悔。
辞書を眺めるうち、「この際、あと二三冊買ってみるか」という思いがふくらんで来たが、辞書マニアでもないから、いずれ飽きる。これ以上辞書を増やしたくはない。
スマホでどこでも調べられて便利だが、アプリでは単語を1つしか引くことができない。これは不便である。
結局、第四版と第八版、大辞林のアプリと辞書を交互に使い、引くような使い方をしている。
× × ×
大辞林には、どこまで言葉が載っているのか、感覚がつかめない。
そこで、「ラーメン」で終わる言葉を調べてみた。こういうとき、アプリは便利である。
ラーメンはたくさん表示されるのだが、山形県のラーメンは「米沢ラーメン」と「酒田ラーメン」がヒットする。「赤湯ラーメン」なら知っているが、「酒田ラーメン」って、そんなに有名なのだろうか。説明を見るかぎり、どこにでもあるようなラーメンのように思えるのだが・・・。
かつて、若者が頻繁に使っていた言葉である。ワンチャンといっても、犬や王貞治のことではない。「もしかしたら」の意味なのだ。私も、この意味を知ったときはおどろいた。今も使われているのか分からないが、ちゃんと載っているではないか。
同じように、「それな」「エモい」などの単語もそれなりに出てくる。「草」も載っていた。これは文脈によって意味を変える言葉である。
それにしても、毎日暑い。
by bunkasaba
| 2025-08-31 21:17
| 生活
|
Trackback
|
Comments(0)











