2026年 01月 22日
「何食べたい?」問題をどうする。
「何食べたい?」
「何でもいい」
「んじゃ、カレーね」
「カレーだけはいやだ」
「それ、何でもよくないじゃん」
この不毛な会話を、これまで何度繰り返してきただろうか。
「んじゃはっきり言えよ。無いなら、カレー」
「決まってるなら、聞くな」
相手を慮ったつもりなのに、ギスギスしたまま会話は終わる。
× × ×
「何か質問はありますか?ありませんね」
不毛な点では、研修や会議の後の質問もまた、同じだ。
ある人は、「質問が無い前提で聞くな」と思う。
一方で「質問がないのは参加していないとみなす」そんな風土で育った人は、どんどん的外れな質問をする。そして、「前向き」という名の「皮だけでアンコのないまんじゅう」を食べたような気分になって、会議は終わる。
こんなやりとりは、「質問が具体的じゃない」から起こるのだ、という人がいる。果たしてそうだろうか。
× × ×
「今日何食べる?和食?洋食?」
「洋食かな」
「んじゃ、カレーね」
「カレーだけはいやだ。そもそも洋食なの?」
では、このすれ違いを具体化してみよう。
「鯛のアクアバッツァと、海鮮たっぷりのパエリアと、クスクスなら、何がいい?」
「そんなの、できるの?じゃあ、アクアパッツァかな」
「鯛がないから、鯛ぬきのアクアパッツァね」
「それって、ただのアサリ汁?」
単品の選択は、具体化にも限界があるようだ。
× × ×
一方、この会話には、変形パターンがある。目には目を、質問には質問で返すのだ。
「今日何食べたい?」
「逆に、何が出来るの?」
「今日は、ジャガイモと豚肉しか買えなかったから、肉じゃがね」
「分かった。それでいいよ」
もちろん、こんな風に穏やかに収まるのは、まれである。作る方からすれば、シチュー、カレー、ポトフ、肉じゃがなんかは、名前は違えど材料は大体同じなのだが。
では、どうしたら「食べるものを平穏に」決められるのであろうか。
× × ×
サイコロを振り、出た目で決めたらどうだろう。あらかじめ、出目で食べるものを決めておく。1ならカレー。2なら肉じゃが。3ならシャトーブリアンのステーキ・・・。
しかしこれは、6つしか出目がないのであるから、連続して1が出ることだってあり得る。
その確率は、6/36、つまり1/6。意外に高確率だ。
3回続けて出る確率は、6/216、1/36。3回連続カレーを食べ続ることは、馬連で300円買った馬券が当たるより、高い確率であり得る…。
こうして考えると、偶然に頼るのは、ギャンブル同様極めて心もとなく、心の平安からもほど遠い。
× × ×
結局、これは質問と回答、それぞれの言い方の問題だという意見もあろう。
「何のために生まれて、何のために生きるのか」この質問に似て、回答がないから答えられないのだ、という人もいる。
すると「答えられないなんて そんなのはいやだ」とアンパンマンみたいなことを言い出す人もいて、収集がつかない。
「すきま風」が吹かない最善の方法は、何の反省もなく使われてきたこの質問をやめることである。分厚いカタログギフトの冊子を渡し、15秒で決めろと言う。これと同義の会話は、もとより不毛だ。
強いて解決法を上げるなら、「事前に決めておく」ことであろう。
献立を事前に決める。または、次に食べるものを、あらかじめ決める。こうしておけば、モヤモヤは最小限に抑えられる。その際、プランBもセットで決めておくこともまた、重要である。
会社のオヤジたちを観察すると、メシや飲みの場所は、事前にそこはかとなく「根回し」されて決まり、衝突が事前に回避されていることがわかる。いつも同じところで食っているだけのように見えるが、その実、突然の意思決定は避けられている。
× × ×
先週まで、きわめて体調が良かったのだが、肉を食べたせいか、続けて会社に行ったせいか、体調が悪化してしまった。腰も痛い。
そこで、ふたたび、セリ鍋を食べる。
もちろん、翌日もセリ鍋。
by bunkasaba
| 2026-01-22 12:15
| 食べ物
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